鉄道を主とした公共交通ブログ

鉄道を主とした情報を掲載します。

駅の歴史と名所案内 宮原操車場 MIYAHARA

駅名 宮原操車場
旧漢字 宮原
よみ みやはら
歴かな みやはら
電報略号 ミハ
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 西日本旅客鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時操車場のため記載なし。

歴史
1933年(昭和8)9月1日 宮原操車場が開設される。宮原機関庫が発足。
1934年(昭和9)5月25日 西回り回送線が新設される。
1934年(昭和9)6月15日 宮原電車区が発足。
1936年(昭和11)9月1日 宮原機関庫を宮原機関区に改称。
1944年(昭和19)10月17日 梅田機関区が発足。
1985年(昭和60)3月14日 梅田機関区が宮原機関区梅田支区に改称、宮原客貨車区大阪支区が廃止。宮原機関区が車両無配置化。所属していたEF65形1000番台や波動用のEF58形は吹田機関区に転属した。
1986年(昭和61)11月1日 神戸港貨車区鷹取派出所が宮原客車区鷹取派出所に、宮原機関区梅田支区が大阪機関区に、宮原機関区が大阪機関区宮原派出所に、高槻電車区吹田派出所が宮原電車区吹田派出所になる。
1987年(昭和62)4月1日 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道に継承。
1989年(平成1)3月11日 京都電車区高槻派出所が、宮原電車区高槻派出所になる。
1993年(平成5)6月1日 高槻派出所が吹田工場高槻派出所になり、高槻派出所が廃止。
1996年(平成8)6月1日 宮原電車区と宮原客車区が統合され、宮原運転所になる。
1998年(平成10)6月1日 宮原運転所と宮原操車場が統合され、宮原総合運転所になる。ただし、信号場としての宮原操車場は存続。
2012年(平成24)6月1日 組織改正により網干総合車両所に統合されて同所の宮原支所となり、宮原総合運転所が廃止。

駅の歴史と名所案内 吹田貨物ターミナル駅 SUITA KAMOTSU TERMINAL STATION

駅名 吹田貨物ターミナル駅
旧漢字 吹田貨物ターミナル
よみ すいたかもつたーみなる
歴かな すいたくわもつたーみなる
電報略号 スタ
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 西日本旅客鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時操車場のため記載なし。

歴史

1923年(大正12)6月1日 国有鉄道の吹田操車場を開設する。
1952年(昭和27)6月25日 吹田事件が発生する。
1968年(昭和43)6月2日 構内で貨物列車と入換用機関車による正面衝突事故が発生する。
1978年(昭和53)10月2日 国鉄ダイヤ改正により、当時史上最大規模の貨物列車大幅削減が行われる。これ以降、取り扱い貨物の車両数も大幅に減少する。
1980年(昭和55)10月1日 国鉄ダイヤ改正により、さらに貨物の取り扱い量が削減される。
1982年(昭和57)11月15日 大阪貨物ターミナル駅への貨物支線が開通する。
1984年(昭和59)2月1日 国鉄ダイヤ改正により操車場機能を廃止、信号場に降格し吹田信号場となる。
1987年(昭和62)4月1日 国鉄分割民営化により、信号場の施設は西日本旅客鉄道が、操車場跡地は日本国有鉄道清算事業団がそれぞれ承継する。この頃、梅田駅の施設移転計画が明らかになる。
2007年(平成19)1月30日 吹田貨物ターミナル駅(仮称)の起工式を挙行する。
2012年(平成24)10月8日 営業開始前の吹田貨物ターミナル駅を、信号場に準じた扱いで営業開始。北方貨物線(東海道本線支線)の起点ならびに城東貨物線(片町線支線)の終点を、それぞれ吹田駅から吹田貨物ターミナル駅に変更。
2013年(平成25)3月16日 吹田貨物ターミナル駅が正式開業し、営業開始。梅田貨物線(東海道本線支線)の起点を吹田駅から吹田貨物ターミナル駅に変更。同時に吹田信号場は吹田貨物ターミナル駅構内扱いとなり、大阪貨物ターミナル駅への貨物支線の起点も吹田貨物ターミナル駅となる。

駅の歴史と名所案内 京都市場駅(廃止) KYOTO-SHIJO STATION

駅名 京都市場駅
旧漢字 大谷
よみ きょうとしじょう
歴かな きやうとしぢやう
電報略号  
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 日本国有鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時未開業。

歴史

1927年(昭和2)12月1日 丹波口駅分岐の専用線が市場内まで開業。
1976年(昭和51)3月16日 京都市場駅開業。一般駅。
1982年(昭和57)4月1日 小荷物の取扱を廃止(貨物駅となる)。
1984年(昭和59)2月1日 廃止。

駅の歴史と名所案内 大谷駅(廃止) OTANI STATION

駅名 大谷駅
旧漢字 大谷
よみ おおたに
歴かな おほたに
電報略号  
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 官設鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時すでに廃止。

歴史

1879年(明治12)8月18日 官設鉄道の京都~当駅間開通に伴い開業。
1880年(明治13)7月15日 当駅~馬場(後に2代目大津駅を経て現・膳所駅)~大津(初代)間開業。
1912年(大正1)8月15日 京津電気軌道の三条大橋~札ノ辻間開通に伴い、京津電気軌道の停留場が開業。東海道本線と京阪電気軌道の乗換駅になる。
1921年(大正10)8月1日 東海道本線の大津(2代目)~京都間のルート切り替えに伴い東海道本線の駅が廃止。

駅の歴史と名所案内 浜大津駅(廃止) HAMAOTSU STATION

駅名 浜大津駅
旧漢字 浜大津
よみ はまおおつ
歴かな はまおほつ
電報略号  
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 日本国有鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時貨物駅のため記載なし。

歴史

1880年(明治13)7月15日 官設鉄道の大津駅として開業。
1889年(明治22)7月1日 東海道本線関ケ原~馬場(現在の膳所駅)開業に伴い支線の駅となり、旅客営業を廃止。
1898年(明治31)8月1日 旅客営業を再開。
1913年(大正2)3月1日 大津電車軌道の大津駅が開業。国鉄駅は旅客営業を廃止し、貨物駅となる。
1913年(大正2)4月3日 江若鉄道の新浜大津駅が開業。
1913年(大正2)6月1日 国鉄・大津電車軌道の大津駅浜大津駅に改称。馬場駅(現・膳所駅)が大津駅(2代目)に改称。
1922年(大正11)5月7日 路線延伸により大津電車軌道の浜大津駅が、新浜大津駅前の道路上に移転。
1922年(大正11)5月15日:浜大津三井寺間開業。
1925年(大正14)5月5日 路線延伸により京阪京津線浜大津駅開業。
1927年(昭和2)1月21日:合併により大津電車軌道が琵琶湖鉄道汽船となる。
1929年(昭和4)4月11日 合併により琵琶湖鉄道汽船の停留場が京阪電気鉄道石山坂本線の停留場となる。
1939年(昭和14)6月20日 京津線石山坂本線の連絡線が完成[6]。同時に石山坂本線浜大津駅はやや東に移動。
1943年(昭和18)10月1日 京阪電気鉄道が合併により京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)となる。
1944年(昭和19)4月 輸送力増強のため、それまで全線に渡っていた低床車の直通運転区間近江神宮前駅以南に短縮。それに伴い石山坂本線浜大津駅は仮設の高床ホームを急造して、ラッシュ時には高床車が浜大津まで乗り入れる形が取られた。
1946年(昭和21)5月10日 京津線浜大津駅を、石山坂本線南側の路上から北側の船溜跡に移設。頭端式凹形ホーム1面の終着駅タイプとなる。同時に石山坂本線・石山方面への連絡線を複線化。
1947年(昭和22)1月25日 江若鉄道が当駅から膳所駅まで延伸。
1949年(昭和24)12月1日 京津線石山坂本線京阪神急行電鉄から分離。再び京阪電気鉄道の停留場となる。
1957年(昭和32)1月10日 浜大津駅改良工事着工。
1957年(昭和32)2月13日 浜大津駅改良工事が運輸・建設両大臣から認可。
1957年(昭和32)3月20日 総工費2,637万円を投じた改良第1期工事完成。携帯品一時預り業務を開始、京津線の乗り場が頭端式E形ホーム2面に改良される。併せて石山坂本線浜大津駅を対向式高床ホーム2面の「浜大津(東口)駅」として整備し、北側(上り線)ホームに駅舎を設置。
1957年(昭和32)4月21日 入場券の発売を開始。
1957年(昭和32)7月15日 改良第2期工事完成。石山坂本線との間はスイッチバックでの連絡に変更。軌道内と構内に駅前広場舗装緑地帯を新設し、構内売店を新設。
1965年(昭和40)7月10日 江若鉄道浜大津膳所間廃止。再び終着駅になる。
1969年(昭和44)11月1日 江若鉄道国鉄浜大津支線廃止に伴い、江若鉄道および国鉄浜大津駅が廃止。

駅の歴史と名所案内 紺屋関駅(廃止) KONYAGASEKI STATION

駅名 紺屋関駅
旧漢字 紺屋關
よみ こんやがせき
歴かな こんやがせき
電報略号  
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 日本国有鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時すでに廃止。

歴史

1902年(明治35)1月1日 石場駅大津駅間に紺屋関駅開業。
1902年(明治35)11月12日 MC表示からマイル表示に変更(馬場 - 大津間 1M23C→1.3M)。
1909年(明治42)10月12日 国有鉄道線路名称制定。馬場~大津間は大津線となる。
1913年(大正2)3月1日 大津電車軌道線の営業開始に伴い、馬場~大津間旅客営業廃止。東海道本線編入され、同線の支線となる。石場駅、紺屋関駅廃止。

駅の歴史と名所案内 石場駅(廃止) ISHIBA STATION

駅名 石場駅
旧漢字 石場
よみ いしば
歴かな いしば
電報略号  
事務管理コード 
スリーレターコード 
鉄道事業者 日本国有鉄道
所属路線 東海道本線
乗入路線 東海道本線    
                                                    

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 当時すでに廃止。

歴史

1880年(明治13)7月15日 工部省東海道本線馬場(現・膳所駅)~大津(現・びわ湖浜大津駅付近)間の開通と同時に開業。
1889年(明治22)7月1日 旅客営業を廃止し貨物取扱のみに変更、駅業務を休止。
1898年(明治31)8月1日 旅客営業を再開。
1909年(明治42)10月12日 路線名称制定により大津線の駅となる。
1913年(大正2)3月1日 大津線としての石場駅を廃止。路線名を東海道本線貨物支線に変更。