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駅の歴史と名所案内 二塚駅 FUTATSUKA STATION

駅名 二塚駅
旧漢字 二塚
よみ ふたつか
歴かな ふたつか
発音 フタツ
所在地 富山県高岡市二塚2209
電報略号 フツ(カナフツ)
事務管理コード △542001 
貨物取扱駅コード 5790
マルス入力コード カナフツ
マルスカナコード フタツ
鉄道事業者 西日本旅客鉄道株式会社
所属路線 城端線 
乗入路線 城端線
キロ程 城端線 高岡起点 3.3km
    
    

 

 

名所案内標記載事項(国鉄営業局昭和30年4月)
 恒性(こうしょう)皇子の墓 後醍醐天皇皇子 東0.6粁
 

 

歴史
1899年(明治32)4月3日 中越鉄道の高岡駅~戸出駅間に二塚駅(初代)が開業する。
1902年(明治35)5月14日 中越鉄道が二塚及び高儀両停車場の廃止届出を行う。
1902年(明治35)5月15日 二塚駅(初代)を廃止する。
1914年(大正3)2月20日 中越鉄道の二塚簡易停車場として再開業し、旅客の取扱を開始する。なお、二塚は「ふたづか」と訓ずる。
1917年(大正6)4月1日 二塚簡易停車場を二塚停留場とする。
1920年(大正9)9月1日 中越鉄道の国有化により、鉄道省中越線に移管。同時に駅に昇格して二塚駅(2代目)となり、旅客、手荷物及び附随小荷物に限り取扱を開始する。
1921年(大正10)5月20日 営業範囲を改正し、一般小荷物の取扱を開始する。
1926年(大正15)9月1日 営業範囲を改正し、小口扱貨物の取扱を開始する。
1933年(昭和8)7月2日 営業範囲を改正し、貸切扱貨物の取扱を開始する。
1942年(昭和17)8月1日 中越線の高岡駅城端駅間が城端線に改称され、当駅もその所属となる。
1956年(昭和31)11月19日 当駅~戸出駅間に林駅が開業する。
1957年(昭和32)2月 砺波製紙(後の中越パルプ工業)二塚工場が操業開始する。この頃工場への専用線が竣工する。
1969年(昭和44)10月1日 営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃する。
1970年(昭和45)10月1日 営業範囲を改正し、旅客、手荷物、小荷物及び専用線発着車扱貨物を取扱う駅となる。
1974年(昭和49)10月1日 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び専用線発着車扱貨物を取扱う駅となる。
1984年(昭和59)2月1日 営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃止する。
1987年(昭和62)4月1日 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道および日本貨物鉄道の駅となる。貨物は専用線発着車扱貨物を取扱う。
1994年(平成6)12月3日 営業範囲を改正し、専用線発着コンテナ貨物及び車扱貨物を取扱う駅となる。
1996年(平成8)3月16日 営業範囲を改正し、専用線発着車扱貨物の取扱を廃止する。
2015年(平成27)3月14日 当駅~高岡駅間に新高岡駅が開業する。また、当駅発着の貨物列車が臨時列車となる。
2015年(平成27)9月30日 当駅接続専用線の運用を休止する。
2015年(平成27)10月1日 貨物取扱の休止に伴い無人駅となる。
2017年(平成29)4月1日 JR貨物の駅が廃止され、貨物取扱が正式に終了。